私は仕事が終わり帰宅すると、急いで晩ごはんをこしらえてから保育園に向かう。
相棒は、送り迎えのためにと購入した電動自転車だ。
高い買い物であったが全く後悔はしていない。
布団の持ち帰り。イヤイヤ期。雨の日。それらが重なることも一度や二度ではなかった。
この相棒がなければどれほど辛かったろうか。
保育園は、自宅から見て西にある。
保育園へのお迎えは、仕事の都合で6時前となる。
だから、いつも私は自然とドラマのお決まりにあるような「あの夕日に向かって走れ」を実践しているのである。
空をオレンジに染める夕日は壮観だ。
空に浮かぶ色とりどりの雲に心惹かれる。
景色がオレンジのベールを纏うような時間は素敵だ。
黄色や青のグラデーションは儚く切ない美しさがある。
色濃くなる空と黒くなる景色は切り絵のようで面白い。
私は夕日が沈む前の景色も沈んだ後の景色も好きだ。
まだまだ夕方でも明るかった夏が終わり、秋が深まってきた。
夕日が心に染み入る季節だ。
薄手のコートをはためかせながら、冷える手でハンドルを握りしめ、力を込める。
我が家では娘が3才になり、1才から続けてきた自転車の前乗りでは窮屈になってきた。
後ろ乗りにそろそろ換えようか。
とうとう重い腰を上げたのだった。
自転車屋さんに行き注文すると取り寄せのち後日受け取りとのこと。
数日後改めて伺い取り付けてもらう。
後ろに立派なシートがくっついた。
取り外した前乗りシートは、不妊治療が上手くいき次の子が使うことになると見越して持ち帰ることに。
思ったより大きい。こんなもの付けてたのか。
自転車のカゴに載せ、自転車屋さんにタイヤのゴムで固定してもらう。ありがとうございます。
前乗りシートが無くなりカゴに変わると、前方がとてもスッキリした。
こんなスカスカなもんだっけ。
夫に、とうとう前乗りから後ろ乗りに換えるのだと言ったときのことばが印象に残っている。
「頭ぽんぽんできんくなるんかー。」
そういえばそうだ。
私も、信号待ちにときに何の気なしに頭に触れることがある。
外の音にかき消されないように、頬を寄せて話すことがある。
それはもうできなくなるのだ。
スカスカで広々とした視界に、あのまあるい頭と美味しそうなほっぺたが映らなくなるのだ。
その後、朝保育園に行くために初めて後ろ乗りシートに乗り込む娘。
ペダルを踏み込むと、最初ぐらりと揺れた。
感覚の違いに戸惑うも、力を込めてこいでいくと、「そうそう」というように長い付き合いの相棒が軽やかに進んでいく。
「えへへ~いひひ~」
娘の声がする。
後ろ乗りはお気に召したようだ。
抑えきれないといった様子の笑い声が背後で響いた。
そして多分体を揺らしているのだろう、自転車全体が釣られて揺れる。
転けないようにハンドルをしっかり握りしめ、前を向く。
けれど、それでも娘が楽しそうにしている姿が頭の中にはっきり映った。
夕方、保育園へのお迎えは視界いっぱいに夕日がみえた。
少し冷たく澄んだ風が首や胸の方にまであたる。
そのあたりまで、きっと私はオレンジ色になっているのだろう。
お迎えをして、絵本を充分読み園庭で存分に遊んだ娘を乗せ家に向かう。
「あ、おつきさま!」
「いちばんぼしみ~つけた!」
「なんで、なんで、くもはすをつくってたべるの?」
「おかあさんおかいものしたい!パンかう!」
背に娘のことばを浴びながらいつもの道を進む。
私の視線の先には夜になっていく景色があるが、どんな顔をしているかはすぐわかる。
信号待ちで、少し振り返ってみた。
やっぱり、思っていた顔だった。
頬を寄せることも頭に触れることも難しい距離になった。
でも寂しそうにはしていなかった。
私のほうが、少し切なかったかもしれない。
何を確かめたのか自分でもわからないがなんとなく頷いて、またペダルをこいだ。